膝が畳まれるのを待つ間
「銀さん、床で寝ないで下さい」
掃除機を片手に新八が溜息をつく。
「寝るならソファに寝てくださいよ」
掃除機かけたいんですって
ぶつぶつ鬱陶しそうに文句を言っても、当の銀時はその場から全く動こうとしない。
いつもソファで眠るように顔には週刊少年ジャンプ、しかし寝息から本当に眠っていないことはどんなに鈍くさい新八にでもわかる。
銀時はジャンプのしたで口をへの字に曲げた。
「聞いてるんですか?」
掃除機の先っぽでちょいちょいとつつく。
反応は、ない。
新八はもう一度溜息をついて、ならば和室を先に掃除しようと掃除機のチューブを肩に掛けなおして踵を返す。
銀時はちらりと本の隙間から新八をうかがった。
ここからだと袴の中身が丸見えだ。
(パンツ・・・)
(まるみえ・・・)
ふんと鼻を鳴らす。生ぬるい、チョコレートの匂いのする息が返ってきた。安っぽい紙の匂いもする。
何が楽しくて男のパンツなんて。
全身に不機嫌なオーラを漂わせたまま銀時はごろりと横を向いて目を閉じた。
ことの始まりは神楽だった。
「神楽ちゃん、こんなところで寝ないで」
ソファの背凭れに片足を乗せたかたちで大の字で眠っている。
その寝顔はとても平らかで、唇の端からはよだれが一筋垂れている。
「神楽ちゃん」
ソファの後ろ側からぺちぺちと頬を叩くと、神楽はううん、と唸った。
銀時は向こう側のもう一つのソファで陳腐な芸能誌を読んでいる。
「風邪ひいちゃうよ」
「ひくわきゃねーだろ、こいつがよ」
鼻を小指でほじりながら向かいより銀時がちゃちゃを入れる。
新八は溜息をついて(気がつけば新八はいつも溜息ばかりついている)、もう少しばかり強く神楽の身体を揺らした。
「・・・・・・・」
「ううんんん」
嫌そうに神楽が顔を激しく横に振る。
「あー!」
「あ」
ドスン!
落ちた。
床に。
うつぶせになって床に落ちている。
「ちょっ!神楽ちゃん!!」
大丈夫?
新八が慌てて駆け寄った。
しかし神楽は天下泰平のごとく、安らかな寝息をたてている。
「・・・・・・・・・・・」
新八はまた少し呆れたように溜息をついた。
「・・・神楽ちゃん、ほらお布団行こう?」
神楽の頭の上にしゃがみこんで背中を優しくゆする。
新八はまるで自分が母親であるかのような気持ちになった。
銀時はそんなほのぼのとした二人をぼんやりと見つめる。・・・少し、面白くない。
「・・・いーから寝せとけ」
「だめですよ、まだ夜は冷えるんですから」
その返答に銀時はふんと鼻を鳴らした。
新八は脇の下からすくいあげるように起き上がらせようとする。
かーぐーらーちゃん
「んんん・・・」
「・・・・ぎ・・んちゃーん」
「わぁ!」
神楽が新八の腹に手を巻きつけてしなだれかかる。
重い。意外にも重い。軽そうに見せかけて重い。
「ちょ!神楽ちゃん!!」
銀時ががばっと起き上がった。しかし思い直してまたソファに寄り掛かるように座る。
神楽は新八の膝を枕代わりにまたすやすやと眠りに入った。
「あー・・・・・・」
新八は膝の上のピンク色の頭にそっと手を乗せた。
ふと、母親にこのように膝枕で耳かきをしてもらったことを思い出す。
遠い遠い記憶。手のひらの温かさ。
髪を纏めていた飾りを丁寧に外して指で髪の毛を梳く。マネキンの髪のような髪色はこしがなくて絡みやすい。新八はそれに気をつけながら、神楽を起こさないようにゆるやかに梳く。その一連は単純作業で、新八は銀時に声を掛けられるまで何も考えずにそれに没頭していた。
「ガキ同士がァ」
銀時の不機嫌まるだしな声。
「いちゃこらしてんじゃねーぞコラ」
銀時の方へ目を向けると、半開きの目が眉間に皺を作ってこちらを見ている。
読んでいた芸能週刊誌はいつの間にか放り出されたいた。
「・・・いちゃこらって」
新八は少し赤くなった。
神楽はこれでも一応は女の子なのだ。
膝に乗る温かな体温、心なしか胸元から柔らかな感触が伝わる(それは本当に微かなものであるが)。
銀時は小指を立ててそれを乱暴に耳の中に突っ込む。面白くない。
「ぎ、銀さん、ちょっ、これ何とかしてくださいよ!!」
新八が慌てて銀時に助けを請う。神楽はむにゃむにゃと起きるような素振りも見せない。
「・・・銀さーん・・・・・・!」
情けない声。
銀時はそれを無視して立ち上がる。小指にふっと息を吹きかけた。
「・・・・・・・・・・・」
そしてそのまま玄関へ向かった。
新八の慌てた声が背中に聞こえる。無視。いらいらする。
(知らねーよ、知らねー知らねー知らねー知らねー)
飲みに出てしまおう。
むしゃくしゃしたまま夜のかぶき町へと向かった。
それから、今に至る。
銀時は死んだ魚の切り身のようにだらしなく床に横になっていた。
大きく息を吸いこむと埃が口の中に入ってしまいそうで、鼻でか細く息を吸う。
無言の抵抗だった。
ガーガーと隣の部屋から掃除機の音がうるさい。
神楽は、定春を連れてどこかへ遊びに行ってしまっていた。
新八が自分の近くまで来てくれれば良かった。
頭上で、膝を折り畳んで座ってくれさえすれば良いのだ。
そうしたら何とかうやむやにやってしまえる自信はあった。
(早く来いよ)
ガーガー、ガーガー(時たまおかしなものを吸い込むのか、不器用に自分の足でも吸い込んでしまうのかズボッとした音が聞こえる)
(早く・・・)
ガーガー
(・・・早く・・・)
ズーーーーーーガッ、ガーガー
(・・・・はや・・・)
(・・・・・・・・・・・・)
(・・・・・・・・・・・・)
「銀ちゃんっ!!」
目の前が突然明るくなる。
目の裏が赤。
腹の上に何かずっしりとした重いもの・・・・。
神楽だ。
「・・・・・・・・ん・・・・?」
頭をぼりぼり掻きながら起き上がる。
くぁっ、とあくびを一つ。
「あ、やっと起きた」
向こうからは新八の声が聞こえる。
銀時は事情を飲み込めずにきょろきょろと首を振った。
堅い床の上で眠っていたせいか背中が痛い。
(あれ・・・?)
(なんで俺・・・こんなとこで・・・・)
あ
「・・・膝枕・・・・」
目をごしごしと擦った。しぱしぱする。
神楽がぴょんと自分の腹の上から飛び降りて、ソファの上へと座る。
外はもう暗いようだった。
「あはは、銀さんの背中埃だらけだ」
新八がにやにや笑う。
台所からは味噌汁の匂いがこちらまで漂ってきた。
「ずっとあんたがここにいるんならここ掃除しなくたっていいかもね」
ちくしょう。
胸をぼりぼりと、服の間に手を入れて直接引っ掻きながら立ち上がる。
もう一度大きなあくびをして、目じりに溜まる涙を拭うと新八が背中に回ってぱんぱんと自分の背中をはたいた。
「汚い」
だから床になんか寝るなって言ったのに
神楽がばちばちとチャンネルを変えて、いつものバラエティ番組でそれを止める。
首だけで振り向くと新八が眉を顰めてこちらを見ていた。
ぱんっ
離れていく手を思わず掴んだ。
そのままぐいっと引き寄せる。
ぶ、と新八は息を詰まらせた。
「ちょっ」
つむじに鼻を埋めるように、大きく息を吸い込んで抱き締める。いや、体重をかけて圧し掛かる。
「重・・・っ!」
ちょっ、あんたねぼけてんスか?!
新八の非難は銀時の胸に吸い込まれる。
神楽が刺すように二人を見ているのがわかった。
「・・・・重っ・・・・おいっ!!!」
手で顎を強引に押し上げる。
「・・・・って・・・」
(・・・・・・・)
(なんだこの違いは・・・)
この前の神楽と自分の待遇を天秤にかける。
「・・・・・・・・・」
しぶしぶと身体を離す。
もう、と新八が服に寄った皺と埃を手で払った。
その手つきが汚いものを払うのに似ていたので、銀時は少し悲しく、憤った情けない気持ちになる。
ふと、下を見ると神楽が丸い、碧い目で自分を見ているので不機嫌な顔つきのままどかっと横に座った。
「・・・・・・・あんだよ・・・・」
神楽がしたり顔で憎たらしく笑うので、その柔らかな頬をいつもより少し強めに手のひらで挟んだ。
ぶぶっと神楽のよだれが手に付く。
「こんな時間まで寝てるから夜眠れなくなるんですよ」
台所から新八の声が聞こえる。
誰のせいだよ
心の中で呟いて銀時は背もたれの上に首を乗せたまま目を閉じた。