初めてのまたの日










土方は目の前にいる三人組のなかで特に黒い髪の毛に目を留めた。
黒いぱらぱらとした髪の毛、水色の袴、低めの鼻のうえにのる楕円形の眼鏡。
名前は新八。
それしか知らない。
(なんていうか・・・)
煙草に火を点ける。
ライターに火を点けて煙草に火を点ける為にひゅっと息を吸う瞬間、じゅっと微かに鳴る音が大好きだ。
息を吐く。とても白い。
三人組は自分の存在に気付いていない。
しんぱち
声には出さずに口も動かさずに呟く。
万事屋の三人組は思い思いに視線を巡らせて、その小さな駄菓子屋のちゃちい菓子を物色している。
「一人50円までですよ」
新八の低くもない高くもない声が聞こえる。
土方は気がつけば随分と短くなっていた煙草を、ぽとりと地面へ落とした。
乱暴に踏みつけて腰を屈めて拾う。
ストローのぎざぎざの部分のように縮こまった吸殻。
ふとその姿勢のままに見上げるとぱちりと視線が合った。
新八だ。
新八は何度かゆっくりと瞬きをして、無表情のままぺこりと頭を下げた。
それを見た瞬間、つきんと胸が軋む。

(あれ?)

なぜだか泣きたくなった。
眉を顰める。新八は真っ直ぐ自分を見ている。
「新八ィー」
駄菓子屋の中から神楽の呼ぶ声が聞こえる。
新八はひゅっと土方から顔を背けて、神楽の声の方向へ歩いていった。
土方は少し呆然として立ち竦む。
(・・・・・・なんていうか・・・)
自分の爪先をじっとみつめる。そしてすぐに顔を空へ向けた。
(・・・んだよ、情けねェ)
洟を一つすする。そのままごくりと唾を飲み込む。
(・・・なんていうか・・・もうちょっと・・・)
常ならば持ち帰る吸殻を、地面に放り投げてもう一度踏みしめた。えいっとそれを蹴り飛ばしてくるりと踵を返して歩き出す。
眉を顰めたままポケットに手を突っ込んで歩いた。
ぐんぐん歩いた。
(・・・もうちょっとさ・・・お前だって・・・)
前を睨みつけて、唇を結んで、涙を堪えて、ぐんぐん歩く。


「・・・ッ土方さんっ!」

突如、肘のあたりをぐいと引っ張られた。
驚いて首だけで振り返ると、ぱらぱらとした黒い髪、てっぺんにはきれいに流れる左回りのつむじ。
新八だ。
新八は少し息をきらせて土方を見上げる。
土方は目の前の新八に少し驚いて、堪えていた涙がうっかりこぼれ落ちそうになった。
「ちょっ・・・歩くの早いですよ・・・」
新八に掴まれた肘からじんじん熱が広がっていく。
「土方さん?」
土方は少し俯いた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「?」
「わ」
そして突然新八の手首(さすがに剣術をしていると言うからに、思っていたよりもそれは太かった)を掴んで、また歩き出した。
顔は顰めていたままに、新八を強引に引っ張るかたちで歩く。
「ちょ!」
ひじかたさん!
新八の声は耳に届いてはいなかった。


「・・・・・・・・・・・・・」
人気のない路地の裏。
昼間なのに建物の影になっているせいで幾分か暗いその場所で、土方は新八を今日初めてまじまじと見つめた。
「・・・・・・・・・・・・・」
新八は不思議そうな、少し怯えているような目をしている。
土方は溜息を一つ、胸元から煙草を取り出して一本咥えた。
カチッ、カチッ
肝心のライターにはなかなか火が突かない。
「・・・チッ・・・」
額をごしっと拭う。
驚くべきことだ。汗が、この北風の荒ぶなか、汗が!
随分と自分は緊張していることに土方は気付いた。また、泣きそうになる。
新八は依然として不思議そうにこちらを見上げる。
「土方さん?」
やり場のない手で口を覆う。
「なんか顔色悪くないですか?具合でも悪いんですか?」
そういえば、胃がきりきりする。
「・・・・いや・・・・そうじゃない・・・」
「違う・・・」
「違うんだって・・・」
ぶつぶつと呟きながら口を手で覆ったまま新八から顔を背ける。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
向こう側からは昼間の、子供のからからとした声や店屋の主人のおうおうとした声が常のように聞こえる。
その中で路地裏はひっそりとした(暗くじめじめとした)建物の影のなかで、まるで二人だけの世界のようだ。
新八はただならぬ土方の行動にただただ目を丸くする。
「吐きそうなんですか?ちょっ、土方さん?」
新八が肩に触れる。その目は少し焦っている。
(違う)
(そうじゃないんだって)
触れられたところに全神経やら血液やらなんやら全てが集中してしまって、思考能力は皆無に等しい。
「土方さん!大丈夫で」
「・・・・・・・・お前がさ・・・!」
「・・・・・・・・シカトするから!」
ぽろぽろと、一度言い出してしまえば言葉は幾らでも、覆われた口からでもこぼれてくる。
目頭がじんわりと痛んだ。
「・・・・・え?」
土方の肩に手を置いたまま新八は怪訝な顔をする。
「・・・・そんなことしてませんよ?」
土方はぐすりと洟をすする。
眉間はこれ以上ないまでに顰められた。
「俺はさ!」
突然に大きな声。
「ずっとお前のことばっか考えちまって煙草でずぼんに穴あけちまうし、沖田の野郎にゃ殺されそうになるし!」
ぐぐぐと声がつまる。
「・・・今日!やっとお前見れて!」
「・・・・・・・・・・っ・・・」
俯いて目を擦る。
涙は滲んでいたけれどもこぼれはしなかった。
新八は慌てて両腕でヘッドロックをするように、小さく背伸びをして土方の頭を抱き寄せた。
硬い髪質の髪の毛がちくちくと頬に触れる。
心臓がひどくどきどきした。
「あんたは・・・・!」
ばかだ
切なさに息が詰まる。
土方の太い首、隊服の固すぎる布。
「・・・無視なんかしてません」
息を大きく吸い込むと、冷たい髪の毛の中からいまだ冬のにおいがした。
「あんたの勘違いだ」
新八の胸元に強く顔を押付けられた土方は、滲むだけの涙をそこで拭う。やがて、羞恥心がふつふつと沸きあがってきた。だってこんなの俺らしくもない。
その恥ずかしさを隠すように空いていた両手で新八の身体を抱き締める。
女のような丸みも、柔らかみもない身体。初めて触れた時はそれでも壊してしまいそうで、こわごわと、途中で我慢ならずに肉と肉が軋むほど抱き締めた。気が遠くなりそうになった。嬉しかった。
久しぶりにこの腕に抱いた新八は、少し大きくなったようだった。
しんぱち
声に出さずに口だけを動かす。
確かに今この腕の中にいるのは新八だ。
自分が、怖いものなど何も知らなかった自分が、意外にも臆病であるということ、意外にも女々しい男であるということ。
それを知らしめてしまった、そのひとは紛れもなく新八なのだ。
そう考えるだけで、また不覚にも泣きそうになってより強く新八を抱き寄せた。
そうか、自分は泣き虫でもあったのだ。































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