情事の後のだらしない朝
小さな宿から帰る道のりの間に、何も会話はなかった。常ならば新八が辺りが明るくなる前に人目を忍んでこっそりと駆け足で帰るのだが、その日は何故だか土方が隣に居た。共に帰ると言うのだ。
昨晩の情事はぎこちなかった。土方とのセックスは大して良くはない。土方が自分とのセックスを良いと感じているかどうかわからないが。少し性急すぎるのだ、と新八は思う。男を抱き慣れていないのだ。(それなら新八は男の体、つまり土方しか知らないことになるのだが)。まだ止まない臀部の鈍痛は気になる程度にじくじくとする。袴の布で擦れないように、そこだけに気を配って慎重に歩いた。
最早普通の民家では時間が動き始めている。とんとんと単調にリズムを刻む包丁の音が聞こえるが、まだ辺りは静かだ。新八は少し興ざめな気分だった。慌ただしい朝はあまり好きではないのだ。急激に時間が巡る感覚、それはのんびりと生きる自分を焦らせる。焦ることではないはずなのに焦る。この時に感じる何ともいえない感覚、自分が世界から取り残されてしまうような、その感覚はうすら淋しい。だから夜明け前に小走りで家へ帰るのだ。そして慌ただしい時間が過ぎた頃に起きだして、閑静な時間に仕事へ向かう。
16歳にして自分は既に冷めている、新八はそう実感している。
隣の男は自分よりも半歩ほど後ろへ居た。
「今日は、朝から何かあるんですか?」
沈黙を破る気も無かったが、自然と口に出た。後ろを振り返ることはしない。
「ケツ、痛ェか?」
素っ頓狂なことで返される。ここで新八は後ろを振り返った。
「・・・いえ、別に・・・あ、やっぱちょっと・・・」
煙が一筋立ち上っている。夜明け目前の白い世界の中に、煙草を咥えて立つ土方の姿に一瞬見惚れた。格好いいのだ。そう、土方は格好いい。
土方は苦い顔をして立っていた。
「・・・・・・そうか」
新八は不思議そうに頷いた。またくるりと前を向いて歩き出す。
陽の昇っていない白い世界には少しずつ金色が差してきている。
ああ、夜が明けてしまうんだ。
それでも人気が無いぶんまだ良かった。早く家へ帰って、布団へ潜り込んで少しでも眠りたい。けれども後ろの土方がとろとろと歩くから、後ろを気にして歩みを緩める。ゆっくりと大きく一歩を踏み出したら、臀部がじんわりと痛んだ。
「なァ」
土方がまた立ち止まる。
はい、と振り返る。
先程よりも少し距離があった。
「・・・今度はいつ会える?」
新八は何度か瞬きをした。
「いや、ていうか僕はいつでも暇ですから、土方さんの都合に合わせますよ」
大体万事屋に仕事なんてあまり来ないし、それに土方さんの方がずっと忙しいじゃないですか
そんなこと聞かないで下さい、と言わんばかりに新八が笑う。
土方は煙を吐き出して眉を顰めた。
「じゃあ今晩」
「は?」
「下まで迎えに行くから」
深く煙を吸い込んで、大きく吐いた。
煙は霞のようだった。
新八は煙草の火の点いた先を見つめた。
(僕も)
(大人になったら煙草を吸おう)
土方がゆっくりと歩き出す。たった二歩で追い越された。
自分が土方の隣に立つためは大きく三歩は進まなければならないのに。
今度は新八が後ろへ下がった。
目線の先にある、隊服ではなく和服に包まれた大きな背中。それは筋肉やら傷やらでぼこぼこなのを新八は知っている。
ああ
「僕は、土方さんになりたい」
のかもしれない
完全に独り言のつもりだった。
土方が体の半分を捻って振り返る。短くなった煙草をぽとりと地面に落として火をもみ消す。そしてしゃがんでその吸殻を拾って右の人差し指と親指で摘んだまま持て余す。
その動作の瞬間瞬間を新八はもう見慣れていた。
いつのまにか太陽はだらしなく世界を照らしている。土方は眩しそうに目を細めた。
(あ・・・泣きそうな顔・・・)
人がぽつりぽつりと二人を追い越す。朝の早い人間は他人に対して随分無頓着だ。
新八は思わず右手を伸ばした。手のひらを窪ませて皿を作る。
「すいがら」
土方は一瞬止まる。
「・・・あ、いや・・・いい・・・」
しかしそのまま左手で、新八が差し出した手にこわごわと触れた。
自分よりもずっと小さな手。しかし、それはもう男の手だ。
まるでモノのように動く土方の指の温度すら感じる間も無く、新八はぱっと手を下へ戻した。人目を気にしての行動ではなかった。
だって今触れられたら
(帰りたくなくなるじゃないか)
唇をきゅっと結んだ。
そして土方を追い越してずんずんと歩き出す。
周りを歩く人間たちと同じぐらいの速さで。
土方は細い煙草を胸元から取り出して唇で軽く挟んだ。(火は点けない)
「そんな悲しいことを言うな」
その姿に似つかわないような声で小さく漏らした。
(おれはお前で良いんだ)
ちがう
(お前が良いんだ)