そういうことで頭はいっぱい
「・・・・・・・・・・・・・・はぁ」
新八は自分の家に居た。正確に言えば自分の家(志村道場)の自分の部屋の自分の布団の中、ということになる。
真夜中だった。
夜の仕事をしている姉は今日も仕事に出掛けた。
実際問題として仕事場である万事屋には必要最低限しか泊まることは無い。
(それは早朝から仕事が入っているときや銀時がふらりと呑みに出て神楽が一人ぼっちで過ごすことになる日、また姉が同伴出勤の為にいつもよりずっと早めに出掛けるときぐらいであるが、前者が圧倒的に多いので必然的に週4回は万事屋で夜を過ごすことになる)
新八はティッシュで自分の精液を拭いた後、さらに寝巻きで丁寧に右手を拭った。
そして大きく溜息をつく。
(また、やっちゃった・・・)
自分の手の匂いをかぐ。変なにおい。
それでもこのきもちよさには勝てなかった。
あの銀時が酔っ払って(それにしては随分呂律がまわっていたが)帰ってきた日から、新八はそれを思い出すたびに自分の性器を握ってきた。
いわゆるポルノ雑誌やアダルトビデオなどというものは持っていない。姉に厳しく禁じられているのだ。
それでもあの晩の出来事は、それだけで新八を十分に煽った。
銀時の長い指が自分のペニスに絡みつく感じ、耳元で吹きかけられた熱すぎる吐息、薄い唇にしては分厚い舌が自分の口腔を吸い上げかきまわす痺れるような心地よさ、それを思い出すだけで自然と股間は痛むように疼いた。
それは今までに経験したことの無い快感だった。
あの日からほぼ毎日自慰を行っている。それも何回も。
若かった。仕方のないことなのだ。
けれどもそういう自分にどうしようもなく嫌気がさす。
特に自分が思い描くイメージに出てくる人物が銀時ではない時、(自分が心酔している若手アイドルの寺門通が出てくると)射精後にはものすごい罪悪感に苛まれた。
それでもまた思い出しては擦ってしまう。
新八は枕に自分の顔を突っ伏した。
子供のように脚をばたばたさせる。
(僕は変態だー・・・・・・!)
新八はまた銀時を避け始めていた。
避ける、というか二人きりにならないように心がけていた。
銀時と居ると否応が無く思い出させられるのだ。
気がつくと目で追ってしまう。
同じ空間にいるだけで銀時のことが気になってしまってしょうがなくなる。
それは、またあの時のように触れられたいのか・・・
その問いは何度も何度も自分自身に問うたが答えを出すことはしなかった。
もはやこういうことを考えている時点で手遅れなのだろうが。(それでも新八はテレビのチャンネルをがちゃがちゃ回したり、大声で独り言を呟いたりしてその問いをむりやり頭から追い出した)
そしてまた、枕に顔を付けたまま顔をぶんぶんと振ってくぐもった声で唸る。
まだ、夜は長い。
姉が帰ってくるのは大体が明け方だ。
(・・・・・・・・・・・・・)
(・・・・・・男だから・・・しょうがない!!)
(そうだ、しょうがないんだ!!男だから!)
新八は一度の躊躇の後、おずおずとまだ寝巻きが崩れたままで露わになっていた自分の下半身に手を伸ばした。
「おはようございますー」
カラカラカラ
一つ深呼吸をした後に玄関の戸を開ける。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
返事は無い。
「あれ?」
二人とも(定春ともども)いなかった。
「あれー?」
新八はとりあえずソファに腰掛ける。
和室の襖は開けられていて布団もしまわれているから、寝坊しているわけではないらしい。
「鍵もかけないで無用心だなぁ」
きょろきょろと周りを見回して一人で呟く。
(別に盗るものなんてないけどねー)
概ね神楽は定春と遊びに出掛け、銀時はまた暇だからといってふらふらしているのだろう。
(神楽ちゃんの方が早く帰ってきてくれればいいんだけど)
また新八はそのようなことを考えていた。
ソファへ腰掛けてぼんやりと上を仰ぎ見る。
自分は臆病で卑怯者だ。(新八は自分自身を随分と卑下する傾向にある)
特にこういう好いた惚れたの問題に関しては全く免疫が無かった。
興味がないわけでは決してない。しかし自らそこへ飛び込んでいける勇気はてんでなかった。
そのままうっかり眠ってしまいそうになって、慌てて新八は体を起して目を擦った。
勤務中だから居眠りなんざいけない。
それが全く仕事の無いうららかな昼間でも、新八の妙に生真面目な理性がそれを押し留めていた。
(お茶でも飲もう)
弾みをつけて立ち上がり、台所でヤカンを火にかける。
一人分なのでお湯はすぐに沸く。
新八はぺたりとその場に座った。
台所に入る光は白くて柔らかい。
ガスの火がぼうぼうと燃える。そのせいか少しだけ気温が上がったみたいだ。
床のタイルに手を這わすと、夜のものと違うもののように感じた。
タイルとタイルの間の溝に、つつと人差し指を這わす。
ここで不意に全てを思い出しそうになる。
新八は指を止めた。
ここであの夜銀時に・・・・・・・・・
心臓がどくんと波打つ。
しゅんしゅんとヤカンは音を小さく出し始める。
しかしそれは、今の新八の耳には届いてなかった。
袴をぎゅうと握り締める。
いやらしいことで頭はいっぱいだった。
手は自然と汗ばんでいた。
(・・・やばい・・・・・・・・・)
特に事の場であった台所では不明瞭になりかけていた記憶も、断片的ではあったが鮮明に甦る。
新八は少し赤く染まった顔で再度周囲を見回す。
誰もいないのはわかっている。そう、誰もいないのだここには。
ならば・・・・・・
新八は袴の横の割れ目から手を差し込んだ。
シュッシュッシュピピイィィィィィーーヒィーーーーー
「わあっ!!!」
びくっとして体を強張らせる。
「え、あ、ヤカン!あ!ヤカン?!」
慌てて座った姿勢のまま伸び上がってガスの火を止めた。
カチッ
そのままずるずるずるずると背中を落として溜息をつく。
(ちょっと・・・こんなところで・・・)
それでも股間がじんじん疼くのは止まらなかった。
(・・・発情期のイヌかよ・・・)
喉は渇いたが茶を入れる気にはならない。
その前にすることは・・・
新八は台所の明るさに途惑った。
明るすぎる。
視界が開けているのは全く望ましくなかった。
(それもこのようないやらしくて浅ましくていわゆる変態じみたことをする状況としては、夢と現実を行ったり来たりしているぐらいが丁度いいのだ)(つまり夜、それも眠る前のわずかな瞬間)
そうすればこれは夢の出来事ではないか、と無理矢理錯覚することができる。
それでも今はそういうことを言っている場合ではない。
袴の上から自分のペニスに触れてみる。
(・・・固くなってる)
はあ、と息を漏らした。
そのまま布の上から何度も手の平を撫で付ける。
若い身体はそれだけでも敏感に反応を示した。
「…・・・・・・う・・・・・・」
分厚い袴の布の上からでは物足りず、先程やろうとしたように今度は直に触れる。
今までは排泄時にしか触れなかった部分をそっと握ってゆるゆると擦る。
「・・・・・・・・・っっ」
銀時に後ろから抱き込まれているという想像をする。
自分の指を他人の指に置き換えるだけで感じ方は全く違った。
(・・・銀さん・・・)
首筋にキスをされている想像をする。
耳を齧られている。
横を向けば唇を食べられる。
舌を唇と歯で優しく扱かれる。
(銀さん…っ・・・・・・)
呼吸はじょじょに荒くなっていった。
目をきつく閉じると涙が滲む。
(きもちいい…っ)
歯をきつく食いしばっても声は漏れた。
「・・・・・・くっ・・・・・くぅ・・・・・・うぅ・・・」
ちゅっちっちゅくっ
先走った液体も混じって擦れた音が、物音のない(かぶき町の昼間は夜ほどうるさくはない)昼間の台所に響く。
いやらしい音。しかし新八はその音ですら興奮していた。
(とまんないっ…どうしよう・・・・・・どうしようどうしよう)
「・・・・・・・・・・・っぁー・・・・・」
(銀さんっ・・・)
(銀さん!)
「・・く・・・・・・・・・・・んっ・・・さんっ!」
手も拭わないでしばらく肩で息をつく。
相変わらず台所にあふれる太陽の光は白い。
新八は手に吐き出された精液を零れ落ちないようにきつく握り締めながらだるそうに立ち上がる。
そのまま蛇口を捻った。
じゃーー
手を洗う。石鹸は洗面所にしかないので台所用洗剤で泡を立てる。
(手に悪いかな・・・)
台所用洗剤はメロンソーダを薄めたような緑色で、透明なシャボン玉がいくつもできる。
新八は人差し指と親指でわっかを作ってふうと息を吹いた。
うまく大きなシャボン玉はできなかった。
別に気にもせずに少し水の勢いを弱めて手を洗い流す。
台所用洗剤はよく流さねばそのぬるぬるはなかなかとれない。
新八は泡を流してしまった手でかちりともう一度ガスの火をつけた。
もう一度水に手を浸す。
しゃぁーーーばたばたばたばた
射精後はいつもけだるくなる。
このような感じも初めての経験だった。
銀時も自分と同じことをしたりするのだろうか。
ここで新八は初めて考える。
自分が銀時のことを考えながら自分自身を慰めるようなことを、銀時も。
新八は未だ銀時が自分を好いている、ということに疑問を抱いていた。
正直に言えば怖かった。
(僕のどこが好きなんだろう)
自分にまず自信がないのだ。
このまま成すがままにされていれば銀時に特別な好意を抱いてしまう、それは必然なことだとわかっていた。
銀時は普段のていらくぶりを付け加えたとしても十分魅力的だ。
たとえそれが男だったとしても。
新八は銀時の腕に抱かれた暖かさを思い浮かべる。体が震えるような心地よさも。
悪いものではなかった。(こう感じる時点でもはや随分と手遅れだ)
あの押入れで過ごした夜から、新八は銀時を許容してしまった。
嫌だと言わなかったのは自分だ。嫌ではなかったのだから。
しゅんしゅんしゅんと軽い音がヤカンから漏れる。
水に手をつけているのは心地よい。
それが新鮮な水ならばなおさら。
新八は何も考えていない頭で水流を見つめる。
(僕も流れていってしまいたい)
どこに
流れていけるところなどどこにもないのだ。
(それはただ逃げている、としか言わない)