鳥のように自由に水中を泳ぎたい
新八の頭を支えるようにして銀時は新八へゆっくり圧し掛かった。
その間も決して唇は離さない。
押入れはあまりにも狭すぎて男二人が入るのには窮屈だったが、どちらもそんなこと考えてはいなかった。
目の前の相手しか見ていなかった。
銀時はそれでこそ何度も緩急をつけて口付けた。
勢いあまって何度も歯が当たった。
(かっこわりぃなー…)
しかし、そんなこともすぐ忘れた。
強張っていた新八の体は徐々にだらんと弛緩していったが、ずっと掴んでいた銀時の寝巻きの裾は離さなかった。
銀時は惜しくもそれには気付いていない。
(ほんと…ごめん…)
(けど……)
(…あともうちょっと…)
新八の唇は少し厚い。
銀時はそろっと上顎をなぞった。
「………っ」
小さく呻く。
新八は薄く目を開いた。
暗くて何も見えない。
覆いかぶさる銀時の顔は影になっている。
耳につくのはぴちゃぴちゃと唾液が波打つ音で、恥ずかしさやら違和感やら時たま怒涛に押し寄せる切なさやら(なぜ切ないのかは未だわからない)全くわけが判らない。
(今何時だろう)
(口が口じゃないみたい)
(なんか、きゅんってする)
(変…)
(…でも)
新八は銀時の裾から手を離した。裾は皺くちゃになっていた。気にしない。
そのまま何気ないように(むしろ銀時が気付かなければ良いと思っていた)銀時の首に這わす。
「!?」
銀時は勢いよく体を離した。
ばちんと新八の手に背中が当たる。
新八は目を見開いた。
「…っ…何?!何かいた?!…あー…驚いた…」
銀時は首の辺りをわさわさ掻く。
「いや、」と口の中だけで呟く。
口の周りはべとべとだ。
銀時は疎い。新八は自分の行動をゆっくり思い返して少し赤くなった。
銀時は少し真面目は顔をして新八の口元を自分の袖で拭う。
「………悪ィ……」
少し乱暴に拭われたため唇がひりひりする。
「…なんで謝るんスか??」
体を少し起して新八は目を丸くする。
そのまま首の上だけ後ろの壁へ寄りかかる。
「…いや、…だって嫌なの無理矢理…」
やっちまったか…ら
小さく苦々しく口ごもる。こんなにきまりの悪そうな銀時は初めて見る。
は?
「いや、…嫌なんて誰も言ってないじゃないですか」
新八は持て余した手で床をとんとん叩く。
しかし、思ったより気分は落ち着かない。
どきどきしっぱなしなのだ。
「は?」
「いや、だっておまっ、泣いてたじゃん?!」
新八は信じられない顔で銀時を見上げる。
「だって!そんな色んなことがありすぎてわけ判んなくなるのも仕方ないでしょーが!!」
じんわりと目頭がまた熱くなる。
(とまれとまれとまれ)
手をごしごし床に擦り付ける。
「お前さー、もっとこう自己アピールしろって、だって、言わなきゃわかんねーって…ったく…」
頭をわしわしと掻く。よけい髪の毛の容量が膨らんだ。
銀時が自分を見下ろしているのがわかる。
新八は敢えてそちらは見なかった。
「だから…嫌いじゃないって…」
言ったじゃないスか…
最後までは言わなかった。
言えなかった。
「重い」
銀時が容赦なく圧し掛かる。
新八の肩に顔を埋める。顔を擦り付ける。
動くたびに髪の毛が顎の辺りをくすぐる。
「犬じゃないんだから」
はっ
鎖骨に唇を押し当てたまま漏らす。
「さえねーなァ、ツッコミ」
今度は躊躇なく銀時の体に手を回した。
夜は長いようで短い。
それは季節が夏だから、というものでもあるが押入れの中は実際としてあまり関係はない。
光の無い(それでいて木の匂いがやけに鼻につく)押入れの中で銀時は新八に何度もキスをした。
たいていを新八はそれを消極的に受け止めたが、たまに新八から(偶然に)キスをすると銀時は緩んだだらしない顔になった。
それは漏らされる低い笑い声から新八にも伝わった。
新八は、思ったよりもずっと小さくて抱き締める度に銀時の色んな所が疼いた。
銀時に抱き締められた新八は、男の沽券に関わるからといって眉を顰めたが心地よさの方が大きすぎて思わず微笑んだ。
新八はもう一度さっきまで掴んでいた銀時の裾に手を伸ばす。
ゆっくりと片手で、不器用に皺を伸ばした。
銀時はその手の動きに気付くと、そっと自分の手で包んで握った。
やはり夜は短かかった。
銀時が目を覚ますと新八はいなかった。
起きて目を擦る、欠伸をしてから初めてその不在に気付く。
ばっと起き上がった。
(……ん?)
夢??!
勢いよく押入れを開ける。
外はもうむわんとした夏の昼間だった。
胸をぼりぼり掻く。
「…あれ?…」
押入れからぼたりと落ちる。
「あれ?」
「銀ちゃん」
声の方へ目線を上げると神楽がいた。
「もうお昼ヨ。また酔っ払って帰ってきたネ」
起き上がってめくれ上がった裾を直す。
「…新八は?」
「台所ヨ」
そのままガチャリと厠へ入る。
まだ太陽の明るさに慣れないせいか銀時は何度も目を瞬かせる。
シャーと厠から音が聞こえる。
チョロチョロチョロ
銀時はゆっくり立ち上がって台所へ向かった。
新八は大して料理が上手いわけではない。
それでも米をといで炊くのと味噌汁はできる。
姉の妙よりはずっとできる。
新八は力強く米をといでいた。
銀時はぼんやりとその背中を見つめる。
昼間見ると意外とでかく見えるんだな…
銀時はそっと自分の顔を新八の頭に乗っけた。
「わ!」
そのまま腕を回す。
「…新ちゃん…俺ら昨日なんかあったよな?」
ひどくどきどきしている。
夢じゃないよな…
「なぁ」
ジャッジャッと米をとぐのをやめない。
「なぁって」
頭に顎を乗せてがくがくいわせる。
新八はちょっと笑った。
「なぁってば」
わき腹を擽る。
新八は身を捩じらせた。
「や、言わせるなよだから」
小さな声だったが銀時は聞き逃さなかった(変なところが地獄耳なのだ)
にやりと笑ったところで
「いきすぎた男の友情はきもいだけアル」
神楽が居間からこちらを覗く。
新八は頭のてっぺんから爪先まで真っ赤になった。
「いきすぎた父ちゃんへの愛情はただのファザコンアル」
銀時は真面目な顔をして居間へ向かった。
新八はその姿を目で追う。
(大きい背中)
「鳥のように自由に水中を泳ぎたいアルなぁ」
神楽がうたうように呟く。
「だーかーら」
新八が手に生米を付けたまま台所から茶々を入れようとすると
「いいなァ、それも」
銀時の言葉で、もうどうでもよくなってしまったことに驚いた。