まんをじして
しばしの沈黙。
銀時は手のやり場に困った。
このまま自分の胸に額をつける新八を抱き締めようか、それとも背中を摩ろうか、それとも頭を撫でようか。
しかし行き場のない手はだらりと下ろした。
ひどく喉が渇く。下を向く新八のうなじが髪の毛の中からちらりと見える。
(これは良いってことなのか?)
新八は動かない。
銀時は足が震えた。それは緊張だけではなかった。
触れたくて触れたくて触れたくて仕方がなかったひとに今触れている。やっと触れている。
これは甘美な事実だ。まさしく。
歓喜の震え。
銀時は自分の頭がじんじん痺れているのを感じた。
(あー・・・・)
(おれウエディングケーキと新八だったら新八とるわなァ)
(たぶん)
心臓がばくばくいう。これは新八にも伝わっているのだろうか。
きっと自分はすごい顔をしているだろう、と銀時はぼんやり思う。
毛穴の開ききった顔。口がむずむずする。
「あ」
とりあえず
「キ・・キキキスしていい?」
かっこうわるくどもる。
新八はびくりとした。
それに銀時もつられてびくっとなる。
新八は少し銀時から体を離そうとして後ずさった。
しかし銀時はすかさず新八の腕を掴んで離すまいとする。
「あ・・・・」
そのままかっこうわるく体を折り曲げて新八の耳元に口を寄せる。
「・・・いや・・・頼むから・・だめって言わないで・・」
かっこうわるい声。それは先細りのちいさい声だったが狭い厠に十分響く。
新八は目をぎゅうと瞑った。耳元で感じたぞくぞくが全身をかけめぐる。
「・・キスしたい・・」
なァ
腕を掴んでない方の手で頭を抱えるように抱く。
新八は何も言わない。
・・・・・・・・・・・・・・・
「・・何も言わねーなら勝手にしちまうぞコラ」
「いや」
(てかいちんち聞くなよこういうことを・・)
「だって、ここ・・厠だし・・・・」
「あ・・」
「それにさっき脱衣所の方から足音聞こえたから神楽ちゃん、もうお風呂から出てますよ」
銀時は意外にも冷静な新八の言葉に眉を顰めた。
そのままの顔で新八を見下ろす。
新八は眼鏡を外した顔で不思議そうに銀時を見上げた。
銀時は思わず新八の鼻を摘む。
「でっ!」
新八が何かを言う前に銀時はひょいと抱えあげた。
「わ」
そのまま勢いよくドアを開く。既に電気を消されていた廊下は真っ暗闇だった。
銀時の胸に抱かれたまま、新八は小さく息を吸い込む。
澱んだ厠の空気に慣れきっていた肺に新鮮な少し冷たい空気が流れ込む。それと共に銀時の匂いも。
夏にしては随分と涼しい夜だった。
(神楽ちゃん、寝ちゃったのかな)
新八はぼんやりと考える。
(僕はこれからどうなるんだろう)
辺りを見回しながらも猛然と進む銀時の顔を見上げた。
暗闇の中で(それでももう目は随分と慣れてきている)白い頬がやたら目立っていた。
「お前、小さいよな」
小さな声で銀時が不意に漏らした。心許ない声だった。
独り言かと聞き流そうと思ったが、ふと銀時が歩みを止めたので新八はぱっと顔をあげた。
カラリ
襖を開く。
(……どこ…?)
ぷうんと木の匂いがする。新八はきょろりと周りを見渡した。
(…あ、押入れ)
銀時は二段で構成されている押入れの上の段に新八をそっと下ろす。
下の段にはごちゃごちゃと物が詰まっているからだ。
(それは変装用の小物や衣装でもあるし、新八が日課としている週刊少年ジャンプをまとめて縛ったもの、
資源ゴミの日まで置いておかれる、など様々にある)
新八は苦笑した。
厠がだめなら押入れって…
しかしそれは狭い万事屋を考えると苦肉の策だった。
新八はなるべく小さくなろうと膝を抱え込む。
ゆらりと銀時はその向かい側に腰を下ろした。
新八はその動きを眼で追う。
頭をわしわしと掻く。洟を一つすする。一つ、ふう、と息をつく。
寝巻きから脚が随分と覗く。それは闇の中でも男のものだった。
ふと、銀時が視線をこちらへ向ける。
目が合う。
新八はぱっと顔を下へ向けた。
銀時の視線は強すぎる。
濡れたような白目がぬらりと光った。
銀時は新八の向かいに同じように膝を立てて(手では抱えずに)座り、静かに襖を閉めた。
廊下の薄暗さとは違う濃密な暗闇に、新八は銀時を見失った。
とくん、と心臓の音がはっきりと聞こえる。
ぎゅっと子供のように自分の膝を抱き締める。ひどくどきどきしている。
袴に包まれた膝にそっと額をくっつけた。
目を閉じると不安な気持ちは少し遠ざかる。
押入れの中は少し蒸し暑かった。
まんをじして
銀時の手がそっと新八の二の腕の辺りを掴んだ。
そのままぐいっと、先程厠でやられた時よりもずっと強い力で引き寄せられる。
突然のことに新八はバランスを崩し、コテンと銀時の腹に顔を埋めるかたちで倒れこんだ。
「……ちょっと!!」
いつもの調子で勢いよく起き上がる。
何するんスか?!いきなり!
銀時は何も言わずに、伸び上がった正座のような姿の新八を抱き締める。
新八は小さく声を上げた。
「あ」
そのまま銀時は後ろの壁へ凭れ掛かる。
新八は銀時の体へ凭れ掛かる。
視界が不明瞭な中でお互いの息遣いがやけに響いた。
体中の臓器が全て心臓になってしまったみたいだ
このように感じているのは新八だけではなかった。
くん、と銀時はイヌのように鼻を鳴らしてふかぶかと、新八の匂いを吸い込む。
(……すげえ………)
(……いい匂いする…)
腕により力を込める。
新八はごくりと唾を飲み込んだ。
耳の辺りであそぶ髪の毛がやけにくすぐったい。
また、銀時の体は燃えるように熱い。
それは密着している新八の体に十分に伝わる。
しかし新八はその伝わる体温の心地よさにうっとりと目を閉じた。
鼻がつんとする。
うなじの辺りがじんわりと痺れた。
銀時は優しく新八の背中を摩る。何度も何度も。
たまに優しく叩く。ぽんぽんと。
この時間がずっと続けばいいのに、新八はおぼろげに思った。
この気持ちいい時間が。
(このまま寝ちゃいたい)
新八がぼんやりそう思った矢先に、銀時が新八の喉元に噛み付いた。
それこそ、馬鹿げているように優しく。
新八はびくりと体を強張らせた。一気に心拍数があがる。
少しずつ場所をずらして唇を押し当てる。
左頬に口付けられた時に新八はぎゅうと目を瞑った。
眼の奥からじんわりと涙が滲む。熱い。
銀時は目蓋に口付けて初めて新八が涙を溜めているのに気付いた。
「……泣いてんの?」
ひゅっと溜まる涙を吸う。
新八は銀時の声で必死に堪えていた涙を一気に溢れ出させた。
銀時は顔を離して自分の肩に新八の顔を押し付ける。
「嫌なのか?」
少し強く頭を抑えられて息が苦しくなる。
「嫌ならやめる」
自分の頭に顔を埋めた銀時の声が低く響く。
また目の奥が痛くなる。
(違う)
嫌で泣いているわけではなかった。
けれども、なぜ泣いているかと問われたら答えはわからない。
(…どうしよう)
銀時は新八を抱えなおして自分の顔を新八の肩に埋めた。
(…せっかくここまできて………やめれるわけねーだろ…)
唇をかんで頭をぶんぶんと振る。
何も言わない新八に舌打ちをしたい気分だった。
(どっちなんだよ)
新八は小さく嗚咽をあげる。
銀時は奥歯を噛み締めた。
(俺ァもう無理なんだよ)
(初めから)
(…………………)
そして、意を決した。
突然、銀時は無理矢理新八の顔に自分の顔をぶつけた。
唇が当たっただけだった。(それも上唇の一部に)(それも少し乱暴に)
次はもう少し慎重に、
銀時は新八の頬を両手で持ち上げる。
濡れている頬を涙の痕に触れるように親指でこする。
思ったよりもずっと柔らかくて思わず笑った。
(…悪ぃな)
角度を変えて口付ける。
都合よく、新八はだらしなく口を開いたままだったからすかさず舌を入れる。
「・…・・・・・・…!!」
新八はこれまでで一番大きく目を見開いた。
突っ張る新八を、頭をがっちり抑えた銀時は離さない。
離そうとしない。
(こんな近くいて、我慢きかねんだよ)
(ごめんな)
(もうこれで終いにするから)