鳥のように自由に地面を走りたい









「たべる?」
食べかけのスイカバーをずずいと新八の口元へよこす。新八はヘルメットをかぶった。
近づくだけで随分周りの空気がひんやりとする。
新八は口を開けた。がぷっと噛み付く。
「げ!お前食いすぎだって!おいっ!」
前歯にきーんと凍みた。くちいっぱいのスイカバー。
(スイカの味しないじゃん)
銀時は顔を顰める。
「その緑のとこもひとくち食べたい」
種のつもりのチョコレートがなかなか溶けてくれない。何度か噛み締めると奥歯に残った。
ばっか!
この緑のとこがうめェんじゃねーか。
銀時はぶつくさ文句を言いつつも小さくひとくち分を残して新八にわたす。
新八はちょっと笑った。
先程の自分の動揺はやはり一時の過ちというものだったのだろう。
新八は自分の心の穏やかさにひどく安堵した。
「アイスの回し食いってさぁ」
棒を舐める。
「実はあんましたくねーよな」
新八は棒を持て余していた。とりあえず買い物袋の中に入れる。
「あー。なんかちょっとリアルですよね。なんて言ったらいいのかわかんないけど」
別に言いたくもないけど。
銀時と新八はぼんやりと橋から川を見下ろす。
もう辺りはほとんど暗かった。
「行きましょうよ。神楽ちゃん一人だと心配だし」
奥歯に残ったチョコレートはいまだに溶けない。新八はサドルに座った。
「お前さー」
「今日泊まってけば?」
銀時は新八を見ない。橋の下ではおでんの屋台がぼんやりと赤く光る。人通りはない。
「え?いや、今日は姉上が生理痛で仕事を休んでるんで・・」
新八はどきりとする。川のずっと奥の方にまだ残っていた夕焼けがうす赤く見えた。
「そっか」
銀時はヘルメットを被ってスクーターに跨った。ぶうぅん。
スクーターでぐんぐん走る。
新八は来たときのように銀時の腹に手を回した。銀時の背中と新八の腹の間でビニール袋ががさがさ鳴っ
た。


万事屋へ着くと神楽はソファの上で大人しく新聞を読んでいた。
「遅いアル!」
銀時は黙ってその隣へどすんと座る。
「ごめんごめん、はい、これおみやげ」
新八は袋の中から酢コンブを渡しそのまま台所へ向かう。鍋の火は止められていた。
真っ先に鍋の中身を確認する。
つまみ食いされた形跡はない。
新八はほっとして再び火をつけた。
「もうちょっとでできるから酢コンブは明日にしなよー」
神楽はその言葉をまるっきり無視してその小さな紙の箱をむりやり破る。
銀時はばちばちとテレビのチャンネルを回した。
「鳥のように自由に大地を走り回れたらいいアルなぁ」
神楽はぼんやりと呟いた。銀時は何も言わない。
目ざとい新八がそれにすかさず突っ込みをいれる。
「いや、神楽ちゃん、それなんか間違ってるから。ハイ、もうできるからテーブル片付けて」
銀時はやはり何も言わない。
神楽は酢コンブをくちゃくちゃと行儀悪く噛んだ。
台所からカレーの存在感の強い匂いが居間まで流れてくる。
その匂いに反応してか銀時の腹がぐうと鳴った。そのすぐ後に神楽の腹もぐうと鳴る。
それに銀時はふんと小さく笑った。


夕食はいつもより口数が少なかった。
神楽の「おかわり」の声ばかりが目立つ。
新八はここで決して自分で持ってきなさいとは言わない。(神楽によそわれるとご飯もカレーもすべてを持っ
ていかれてしまう)
だからその度に新八は台所へと足を運んだ。
5回目のおかわりで炊飯器もカレー鍋も空になった。
それより先に食べ終えていた銀時はいち早く風呂へと向かっていた。
「シンパチー」
かちゃかちゃと3人分の食器を台所へ運ぶ。
神楽の発音だと自分の名前はカタカナに聞こえる。新八はいつも思っていた。
「んー?」
蛇口をひねった。
「シンパチのカレーはいつも甘すぎるアル」
ジャージャー
「あー、だって中辛だと銀さんが文句言うからさー」
神楽はぴったりと新八の隣で新八の手元を覗き込む。
妹がいたらこんな感じなのかなぁ。新八は少しくすぐったい気持ちになった。
「あわあわ」
神楽は新八の服についた泡を人差し指ですくう。
「ねぇ」
「最近銀さんちょっと変じゃない?」
おもむろに聞いてみる。少し声が裏返った。
神楽の方は見ない。
神楽はふっと人差し指の泡を吹いた。
「んー。ベっツニー」
その泡の残る指を新八の袴に擦り付ける。
「それよりシンパチが変アル」
え?
新八は少しどきりとした。
「な、なんでさ?」
手元はずっと止まっているのに本人は気付いていない。
「どうして最近ずっと泊まってかないネ?」
「今日の昼に姉御に会った時『新ちゃんがお願いしなくても家に帰ってくるのよね〜』ってほざいてたアル」
食費とかかかるからそんな頻繁に帰ってこなくていいんだけど
新八はがくっと肩を落とした。
「姉上・・・・」
神楽はその大きな瞳で新八を見る。瞳の色は水色。
「え、それって一人のとき?」
「ううん、銀ちゃんもいたアル」
新八は青くなった。足ががくがくと、かすかに震えだしたのを何とか持ち堪える。
(まーじでー・・・)
新八は銀時に先程ついた嘘を思い返した。銀時はそれが嘘だとわかっているはずだ。
なのにどうして・・・・・
「わたし朝もあったかいご飯が食べたいアル」
神楽は新八の袖を掴んだ。
「わたしシンパチの作るご飯は好きアルヨ」
「神楽ちゃん・・・・」
新八は少し感動した。全てが吹っ飛んでしまうような温かさを心に感じた。
思わずこの女の子をぎゅうと抱き締めたい衝動に駆られる。
「メガネは嫌いだけどな」
新八はまた漫画のようにがくっと首を垂らした。
かぐらちゃーん・・・
「神楽ァ」
「風呂あいたぞ」
銀時の声で新八は全てを思い出した。
神楽は「ハイヨー」と駆けていく。
すぐに蛇口を捻って食器洗いに没頭するふりをする。
背中に銀時の視線を感じた。痛い。それは本当に刺さるようだ。痛い。
新八は自分が心底どきどきしているのを感じた。
どきどきしすぎてむしろ気持ち悪い。それには若干の後ろめたさももちろんある。
「新八」
びくっ
背中が跳ね上がった。
「お前さー」
「あっ!」
「ちょ・・僕ちょっと厠!」
とりあえず逃げよう。
新八は手に泡がついたままずかずかと歩いた。
もちろん、銀時の方は見ようとしない。違う、見れなかった。
どうしてこんなに混乱しているのかが自分でもわからなかった。
嘘をついたのが咎められる、ここ最近の自分の行動がおかしくないと思っていたのは自分だけだったに違いな
い。
そして銀時の行動。新八はそれに向き合おうとはしなかった。そして、今も。
嫌だ。嫌だ。
新八はとりあえず厠へ駆け込んだ。
バタン
ふう。一つ溜息。ひどくどきどきしている。
バタン
いきなりドアは開いた。
「わっ!」
後ろ手でノブを掴んでいた新八の体はそれに持っていかれそうになる。
見上げると銀時の顔が目に入った。苦虫を潰したような顔。
新八は目を見張った。こんな銀時の顔を見たのは初めてだった。
「あ」
バタン
二人はトイレの中で向き合うかたちになった。
銀時は新八の両肩を両手で掴む。
「お前一体なんなの?」
少し屈んで新八の顔を覗きこむ。
トイレは狭い。
新八は目を伏せて銀時の足を見つめる。親指の爪が少し伸びていた。
「・・何がですか?」
肩を掴まれた手にきゅうと力が入る。
背中に汗が流れる。そのわりに顔は焼けるように熱い。
「おれすっごい傷ついてんだけど」
いろいろ
「は?」
声を出そうとしてもうまく声にはならない。
ごくりと唾を飲み込む。むりやり嚥下したために喉が少し痛んだ。
「なんで?どうして無視すんの?なんで嘘つくの?」
新八は自分の袴をぎゅっと掴む。
(やばい・・・)
どう答えたらいいのかわからない。
ああそうか、いっさいがっさいが自分でもわからないのか。
「いや、無視とか・・・」
じゃないんだけど・・・・・・
ごもごも口の中で言葉が消える。
銀時は黙って新八の顔を見ていた。目線を合わせようとしても新八はなかなか顔をあげない。
「ていうか、銀さんがなんなんすか一体?!」
新八はばっと顔をあげた。
歯を食いしばって喉から声を搾り出す。
「おかしいって!だって・・」
少しの沈黙。
銀時は目を丸くして新八を見た。
新八も少し挑むような表情で銀時を見つめる。
少し涙が出そうだ。
「・・・おれだってわかんねーよ」
銀時は掴んだ手の力を緩めた。
少し困ったような顔をしている。新八はその顔を見てさらに泣きたくなった。
「わっかんねーなァほんとによー」
いきなり引き寄せた。
ぶっ
新八は銀時の胸に押し付けられる。
ぎゅうと抱き締められる。
ぎゅう
銀時は新八の頭に顔を埋めた。
その大きな手は服、というよりかは新八の体をがっしりと掴む。
メガネのレンズが直接自分の目蓋に当たった。
「けど好き」
頭のてっぺんから声が響く。
新八は目を見開いた。
がくがくと体が震える。吐きそうだ。
「お前が今いなくなったらおれ多分泣く」
新八の頭に頬ずりする。頭の皮膚の温かさに驚いた。
髪の毛はひどく薄い。
そして随分と滑らかだ。
「そんでお前とならキスだってセックスだってできそうな気ィする」
男同士なのに。
新八は余計に顔が熱くなった。
全身が心臓になったように鼓動を感じる。
今日は銀時の鼓動を感じる余裕は全くなかった。ただなすがままにされている。
銀時が何かを言うたびに頭がじんわり痺れた。
「これじゃあだめなの?理由っていうもんは、なァ」
新八は微かに震える手で眼鏡を外そうとした。
銀時は構わずぎゅうぎゅう抱き締める。
「・・メガネ・・・」
あ、わりぃ
銀時は少し体を離した。新八は下を向いて眼鏡を外し、ついた脂を着物の裾で拭う。
その動きを銀時はじっと目で追った。
「僕は・・」
「まだそんな好きだとかなんかそういうのわからない」
トイレの床の冷たさにやっと気付いた。
新八は一心不乱に眼鏡を擦る。
「けど・・・銀さんは嫌いじゃない、ていうか嫌いになれない」
と思う
ぐらりと銀時の胸に頭をぶつける。
こつん。そのまま体を凭れ掛けた。















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