夜明け前に眠ったふり
こわい夢を見た。
それはただのこわい夢だった。気持ち悪い怪物が出てきた。たったそれだけの。
新八はのそりと寝返りを打つ。天井から銀時の横顔に景色は変わった。どことなく薄明るい雰囲気から朝が近いことがわかる。
新八は枕元に置いていた眼鏡をかけた。
幾分か視界がはっきりとする。指紋が付いていたので寝巻きの袖でごしごしと拭う。眠れそうにはなかった。
新八はなるたけ静かに立ち上がった。神楽ちゃんは本当に寝相が悪い、と思いながら。
いつも真ん中に寝る銀時の寝相は決して悪いものではなかった。
(寝る位置に関して銀時は絶対に真ん中を譲らない。たまに先に神楽が真ん中を陣取って眠っていたりすると抱き上げて隣の布団へ移す。
新八はそういう銀時をひどく子供じみている、と思う反面銀時が隣に寝ていることはひどく安心する、とも思っていた)
新八はからりと襖を開けた。
事務所の時計は午前4時45分を指していた。起きるのには少し早すぎる。
新八は首をぐるりと回した。骨がぎしりと軋んだだけなのを不愉快に思った。
「新八」
突然の声に心臓が跳ね上がる。振り向くと横たわる銀時と目があった。
「あ、すみません」
まだ寝てても平気ですよ。
寝起きのせいか随分と声が擦れていた。背中も汗で濡れていることにはたった今気付いた。
銀時の目がぼんやりと細められる。
「お前うなされてた」
銀時の声も擦れている。一つ大きな欠伸をした。
気味悪くて寝られんかった。
「すみません。ちょっとこわい夢見ちゃって」
新八は少し笑った。
こわい夢は実はもうほとんどを覚えていなかった。そういうものだ。
銀時は目を擦り、擦った手で目やにを確認する。
こわい夢をみてすぐ誰かと話をするのはすごく安心する、と新八は漠然と感じた。
「おいで」
銀時はばさりと布団を捲った。そして寝転んだまま体をずらす。
新八は目を丸くした。
「早く、さみぃから」
銀時は頭をかいた。いつもの眠そうなかお。
「いや、なんすか。子供じゃあないんだから」
新八はこの前の河川敷のことを思い出して、少しどきりとした。
「るせー、二十歳こしゃぁ十代なんざ皆赤ん坊に等しいんだよ、いいから早く寝れ!」
一つ溜息をつく。これは溜息なのだろうか。
ごくりと新八は唾を飲み込んだ。
銀時は依然さみぃと漏らす。それを見ておそるおそる銀時の横に横たわった。
ばさりと布団を掛けられて鼻まですっぽりと埋まる。
布団は何故だかとても懐かしい匂いがした。
銀時と少し距離をとったが男が二人寝ていても決して窮屈ではない。
新八は眼鏡を外して自分の布団へぽいと投げる。
ごろりと銀時は新八の方に体を向けた。
「もっとこっちゃ来い」
銀時にぐいと抱き寄せられる。意外にも力強かった。
うわ。
そのまま新八の背中に手を置いてぽんぽん叩いた。
「こわいのこわいのとんでいけー」
ぼそぼそした声が胸から響く。
新八は鼻だけで笑った。
顔を押し付けられて聞こえる銀時の心音は驚くほど早かった。
どっどっどっどっどっどっ
しかしその音は何故だか心地よかった。
「もうこわくないですよ。夢だし、子供じゃないんだから」
唇があまり動かせずにむりやり言う。息を吸い込む度に銀時の匂いがした。
んん?
どっどっどっどっどっどっどっ
銀時は依然として背中を叩く。その間隔は銀時の胸の鼓動と同じものだった。新八は手の置き場にちょっと困った。
そして自分の胸に手を当てる。少しだけどきどきしていた。
・・・この人は・・・
「じゃあもうとっとと寝ろ」
視線を上にあげると銀時の顎が見えた。そこから表情は何も窺えない。
どっどっどっどっどっどっどっ
「・・ぎ・・銀さんの」
少しどもってしまった。しかし新八は覚悟を決めて続ける。
どっどっどっどっどっどっどっ
「心臓がうるさくて、寝れません」
え。
銀時はとっさに背中に置いていた手で新八の顔と自分の胸を遮った。新八の小さな顔に大きな骨っぽい銀時の手の甲がくっつく。
手は少し汗ばんでいた。途端に聞こえなくなる心臓の音が少し名残惜しく感じたのに新八は驚いた。
「・・そいつぁ・・・すまんね・・」
少し体を離されたまま銀時の顔を見上げると、むずむず動く口が見える。新八はひどくどきどきした。
この人は・・・
本当に・・ぼくのことが好きなのか?
ちらりとかすめたその考えに新八は眉を顰めた。
全力疾走した後のように鼓動が早い。なぜだろう。
考えないようにしよう。うん。考えないようにしよう。
「人が殺されるんです」
新八は突然言った。思いの外大きな声だった。少し声が裏返っていた。
「は?」
銀時は新八の方を見ずに問う。なんの・・・おはなし?
「鉄砲でバンって。あれは処刑でもしてるのかな?」
そしてぼくのばんになってぼくがあーだめだもうころされるってしゅんかんにめがさめて
「うん」
でたらめな話だった。もうほとんど覚えてない夢の内容はほとんどが捏造だった。
銀時は黙って聞いている。
「夢で目が覚めるなんて久しぶりです」
「あ、夢の話ね」
なんだとおもってたんすか。
新八はふうと溜息をついた。銀時の手がびくりと動く。
それに気付いて新八ははっとして呼吸を止めた。
「あ」
いや・・・ごめん・・・・
銀時はちぃと舌打ちした。
なんなんだろうこの雰囲気。
新八は何もわからなかった。
ふと、銀時がまた自分の手を新八の二の腕のあたりに置いた。
ぽんぽんぽんぽん
一定の間隔で叩く。
それは先程背中を叩かれた時より少し早く感じた。
新八はぎゅうと目を閉じる。とても眠れそうにはない。それでも目を閉じた。
あと1時間。あと1時間したら起きあがろう。
腕を叩く銀時の手は次第にゆっくりになりそのうち止まった。
そしてそのすぐ後に少し、ほんの少しだけ銀時が新八を引き寄せた。
寝巻きの上から感じた銀時の手は温かかった。
新八は寝たふりをしていたからそれには気付かないふりをした。
相変わらず感じる鼓動は早い。
背中に置かれた手から新八の鼓動は銀時には伝わらなかった。
二人は眠っていなかった。しかしお互いがお互いを眠ったもんだと思っていた。
新八はたまに銀時の胸に自分の鼻を擦り付けた。
その度に銀時がびくりとなるのを少し面白いと思った。