彼女は小さな赤い花をぽきりと折った









土手には花がたくさん咲いていた。銀時はスクーターを思わず止める。夕日が川に映ってきらきらきれい。
真っ先に神楽が飛び降りて駆け出す。たったかた。新八も抱えていた買い物袋を下に下ろしヘルメットを脱いだ。ううんとけのびをする。
ヘルメットのせいで少し汗をかいた。そよぐ風が気持ちいい。銀時はスクーターに跨ったままぼんやり川を眺める。エンジンはかけられたままだった。
あ。
神楽が花を手折る。1本、2本。
「彼女は小さな赤い花をぽきりと折った」
銀時は呟いた。
「いや、ぽきりというかブチッでしょあれは」
新八は銀時を見た。相変わらずぼんやりしている。それは今日に限ったことではないから大して気にも留めずに、また川の方を見やった。
オレンジの中だと赤は黒に見えるんだな。
「小さな赤い花が彼女にぽきりと折られた」
なんすかもう。新八は少し笑った。銀時の声は感じがいい。変声期がいまだこない自分の声はどう聞こえているのだろうか。
軽く自分の喉をさする。微かに喉仏が出ているのになぜか安堵した。
「いいですね。女の子には花が似合いますよ」
神楽のピンク色の髪の毛は夕日のオレンジに染まっていた。全体的に色味が少ない。緑と赤の区別はあまりつかなかった。
銀時を見る。おや・・・。銀色は、銀色だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
銀時は何も言わずに葱の飛び出す買い物袋を漁った。清算の直前を見計らって気付かれないように放り込んだミルキーの袋を取り出す。
「俺も、きれいだとおもうけど」
きゅっと捻りをといて飴を口へ入れた。
「は?」
新八の方は見ない。だからといって神楽の方を見ているわけでもないようだった。神楽はしゃがみこんでいる。
冠を作ってあげられればいいのだけれど、新八は少し思った。あのピンク色の頭に似合うだろうな。赤い花。
「花」
・・・・・・・・・・・・・。
鼻をすんと鳴らして新八は笑った。
「男が花なんて」
特に銀さんみたいなぐうたらが。
銀時はころりと口の中で飴を転がす。ぐぐぐぐぐぐ。エンジンの音は意外にも耳障りではない。
「男とかさァ」
新八の方を向く。
「女とかなけりゃぁいいのにな」
新八はよく意味が飲み込めなかった。銀時は真っ直ぐに見つめる。顔の半分がオレンジ。もう半分は違ったオレンジ。
「いや、でも」
新八は自分の声が少し上擦ったのを感じた。随分と高い声だ。
はっとして喉を触る。・・うん、喉仏は少し出ている。
でも。
何を言ったらいいのかが単純にわからなかった。
「男が花をきれいだと言ってもいいと思います」
僕もきれいだとは思いますし。ただなんか銀さんそういうの言わなそうだから・・・・
目線を下に向けた。無遠慮な視線に息が詰まりそうだった。それはまるで咎められているようでもある。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「区別がなかったらお前に迷わず好きだと言える」
小さな声だった。ほとんどがエンジンの低音に混じって消え入る。
しかし、新八には聞こえていた。聞き慣れた、感じのいい声だから。
視線を上げる。銀時の口からミルキーの白が見えた。目は見ないようにした。
きょとんとした顔を作る。銀時が何を言っているのかを飲み込むのにやけに時間がかかった。
あっ、ミルキー。
「僕にもひとつ」
咄嗟に思いついたことを口に出した。また声が上擦ってきまりの悪い思いになる。
銀時は眉を顰めた。てめェ、一個だけだかんな。ぽいと新八へ放って自分ももう一つ包みを剥く。
新八も包みを丁寧に剥いて口に入れた。いつもの甘ったるい味。牛乳の匂いが鼻へとのぼる。
おうい。かえんぞー。
銀時が声を張る。低くて、いい声。しかし空間にうまく馴染んでしまうせいか神楽には届かない。
新八はヘルメットを被った。かぐらちゃぁん。かえるよー。
神楽は顔を上げた。両手で膨らみを作って駆けてくる。
なんだろう。新八は下に置いておいた買い物袋をよいしょと持ち上げた。
えいっ。
両手を勢いよく離す。
風に舞ってひらひらと落ちる黒。黒。黒。黒。
あ、違う。赤なのか。
新八は放たれた花びらを幾枚か被った。
「花吹雪アル」
依然空を大量の花びらが舞う。何枚あるのだろうか(何枚むしったのだろうか)
「・・・神楽ちゃん、花吹雪はふつう桜でやるんだよ。しかもこんなに千切っちゃってー、花もね、生きてるんだから」
「きれいだなァ」
銀時は目を細めて花びらを被った新八を見る。今度は目がしっかりと合った。しかし花びらが視界を遮る。
「うん。きれいアル」
神楽は真上の空を見ていた。漂う花びらを捕まえようと跳び上がる。ぴょんっぴょん。
「誰にも気付かれないで咲いてるよりこうやってきれいだァって思われてた方が花も嬉しいんじゃね?」
え?
新八は指紋をつけないように眼鏡に貼りついた花びらを剥す。少し頬が熱くなった気がした。夕日があるから気付かれないとは思うけど。
「こりゃァ人間のわがままか」
銀時はふうと息を漏らす。笑ったのか溜息なのかわからなかった。そのどちらでもないかもしれないけれど。
おい、そこのパン食い競走はやく乗せろ。かえんぞ。はらへった。
ブルンブルン。エンジンを鳴らす。
神楽は思いのほか遠くへ走ってしまっていたが呼んだらすぐに戻ってきた。

帰り道。
新八は銀時に腕を回すのを少しためらった。しかし後ろで自分にしがみつく神楽の安全のためにも軽く裾を掴んだ。
その躊躇に銀時は気付いていた。好都合だった。今いつものように腕を回されれば自分の鼓動の早さに気付かれてしまう。
夕日も好都合だった。顔はきっと赤く染まっていたに違いない。
銀時にとってはこれで精一杯だった。

新八はふと銀時の言葉を思い出す。
そして先日、銀時が自分の布団に潜り込んできたことを思い出した。酔っ払って布団を間違ったのかと思っていたが息ができないほど抱すくめられた。
これは一体なんなのだろうか。
考えれば考えるほどわからない。
片手を銀時の裾から外して喉に触れる。喉仏は少し鋭角になったような気がした。
銀時の喉仏はいい感じに尖ってる、同時にそれも思いついた。

男と女の区別がなかったら・・・。
僕は花の冠の作り方を覚えよう、そう思った。そして後ろで自分にぎゅうとしがみつくこの小さな女の子に、教えてあげられればいい。花吹雪しか知らないこの子に。
乳臭いアル。
ぽつりと呟いた神楽に新八ははっとしてミルキーの残った口を閉じる。
背中越しに伝わった神楽の声は自分と似たように高かった。

ぼくは、おとこだけど。

やっぱり冠の作り方は姉上に明日聞いてみよう。
銀時のことを考えるとなぜか胸が逸るので、帰り道はそのことを考えるのに時間を潰した。















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